千字小説 リロ

 やあ、おはよう。なかなか爽やかな朝で結構なことだよね。
 で、突然なんだけどここにひとつ問題がある。
 実は僕もついさっき気がついたことなんだけどさ、枕元にどうも見覚えのないものがあるんですねー。なんですかねー、これ。うわあ、なんか怖い。
 いや、別に僕がことさらビビリな性格とかではないと思うんだよね? どちらかって言ったら大胆というか神経図太いとか長生きしそうだよねえなんて言われる僕だけど、でもやっぱり、朝起きてすぐ枕元に白い封筒なんか置いてあった日にゃ、そりゃあちょっとくらいビビったりしてもいいんじゃないかなって思うんだよね。
 あっ、そう? 僕のこと知らない? じゃあ必要なことだけお伝えしようか。
 ひとつ、僕は一人暮らしです。残念ですがサプライズ好きの恋人も友達も家族もいません。あ、友達は別にだけど恋人なら随時募集してるからご希望のお嬢さんはあとでメッセージ送ってね。待ってまーす。
 えーと、ふたつめ。僕は夢遊病でも記憶喪失でもありません。まあ正直自分で気づけってのも無理があるかもしれないけど、自分ではそんなことないって思ってるし今は離れて暮らしてる家族だの数少ない腐れ縁(非情にも男性です)からも指摘されたことはない。記憶に関してはむしろ、普通のひとよりちょいとばかりよかったりするんじゃないかなって自分では思うんだけど。でも証明はできないし、する必要もないからまあ今はとりあえず一般レベルってことにしておくね。
 みっつめ。僕の家にそもそも封筒はない。このデジタル社会に私用封筒なんてないよ。第一、今封書って一通いくらで配達してんのかすら分かんないし。僕が子どもの頃は確か六十二円……おっと、あんまり言うとオジサン扱いされそうだな。あ、ちなみに枕元のこいつには切手は貼ってないようですね。よって唾液からDNAの採取は無理、と。まあそもそも普通のひとがイマドキ切手をぺろり、なんてしないと思うけどね。
 それからよっつ。寝る前にはもちろんこんなものなかったし、ついでに言うと僕の枕元はポストなんかじゃない。おまけに今は冬ですらないし、ありもしない煙突からあわてんぼうのサンタクロースが家宅侵入したなんてこと、ちょっとあるとは思えないんだよね。
 あとまあおまけで、いつつめ。僕は忍者でもないし矢文なんて送りつけてくる変人に心当たりはない。さらに言うと要人とかの類でもないしまあ見て分かるとは思うけどアイドルとか俳優ってわけでもないしね。ほんとに誰から何の用事なんだろうって思うんだけど。
 だいたいこの封筒、そもそも僕宛なのかどうかもちょっとよく分からない。
 僕の枕元に置いてあったのは確かで、この家には僕しか住んでないのは間違いないんだけど、でもだからってそれがすなわち僕宛というのも早急なんじゃないかな。宛名らしきものが一文字も書いてない。うん、そう。とりあえず表面は全くの白紙だね。
 裏を見ろって? おいおい、ちょっと待ってよ。そう簡単にひょいっとひっくり返して、爆発なんかしたらどうしてくれんの? こういうのは慎重にいかなくちゃ。大胆であることと慎重であることは一人の人格の中で容易に両立するからね? というか何も考えずに思いついたことほいほいやったりしたら頭悪いと思われちゃうよ? かといって絶好球を見逃して三振取られるのもバカみたいだけどねー。
 ん? 楽しそう? そう見えたかなあ。ま、否定はしきれないよね。だってちょっとワクワクするじゃない。朝起きたら枕元に封筒だよ? びっくりはするけど興味が尽きないよねえ。誰が何を何のためにどうやって。考えることは山積みだよ。こんなこと人生でそうそうあることじゃないでしょう? 少なくとも僕は聞いたこともないんだけど。
 人間って分からないものが一番そそるんだよ。興味も恐怖も、なんだってそう。
 分からないものを分かりたい。知らないものを知りたい。未知なるものを暴き立てたい。これより素敵なことって、ちょっと思いつかないけどなあ。
 好奇心旺盛? うん、まあよく言われる。「好奇心は猫をも殺す」ってことわざ知ってる? イギリスのらしいんだけど。僕にぴったりなんだってさ。そうそ、女の人に言われたんだよ。……いやあ残念ながら彼女とかじゃないねえ。僕ってそんなに危なっかしいのかな。自分ではそんなつもりないけど。
 まあいいやあの女のことは。どうせいい思い出でもないし。せっかくワクワクすることが起きているんだから、目の前の現象に集中しなくっちゃ。
 さて、ここにある白封筒。なぜなんのために、ということさえ目を瞑れば何の変哲もないと言っていい。厚みもほとんどないし、耳を澄ませても静かなもんさ、時計の針の音なんてしやしない。中には入っていても紙とかセロファンとかそういう薄ーいものだろうね。で、まあこうして一面だけを眺めていたってただ時間が過ぎていくだけだからそろそろひっくり返すよ。まあそれでこいつが爆発しちゃったら、運がなかったと諦めることにするさ。
 あっ、全然大丈夫。爆発しないね。そして思った通りに薄くて軽い。ほら、思い切って振っちゃうけどなんともないよ。音もしないし中で動くものもない。もしかして空? いや、この封筒結構いいやつみたいで紙が分厚いんだよ。全然透けないとこ見ると二重封筒なのかな? ああ、裏に? 予想通り差出人は無記名だよ。封はきっちり閉じてる。開けてみないと中身は分からなそうだねえ。
 なんだろうなあ? 気になるなあ。
 でもその前にもうすこし考えるべきことはある。これがどうやって、僕の枕元にやってきたのかってことだ。さっきも言ったけどここはポストじゃないし、こいつに羽でも生えてぱたぱた飛んできたってんでもなければまず間違いなく、誰かがここに置いたってことになるよね。
 そうなんだよ。僕はずっと一人暮らし、おまけに実に悔しいことに彼女もいないから、合い鍵なんて誰にも渡してないよ。不動産屋とマンションのオーナーは別だけど、彼らがわざわざポストでなくて、僕の枕元まで何かの書類を置いていくなんて考えられないよね。となると。僕が寝ている間に誰かがなんらかの方法でこの部屋に入ってきて、ここにこいつを置いたということになる。
 まず窓を確認しよう、ほら、ちゃんと鍵がかかっていたよね。あ、ついでだから窓開けようっと。ヘーイ、グッモーニン、皆の衆! なんちゃって。窓以外の侵入経路は、キッチンの換気扇……うーん、こっちも異常なし。まあここを外して入ってきてあとでちゃんとつけ直してたら分からないけど、深夜にそんなことされたら流石に僕起きちゃうからね。知ってた? 女の人より男の方が、物音に敏感らしいよ。ただし子どもの泣き声だけは例外らしいけど。僕みんなに図太い図太い言われてるけど、結構眠りは浅い方だから。そ、そ。繊細な一面ってやつね。どう? ギャップ萌えとかしちゃう? ……あ、うん。なんでもない。
 となるとまあ、ここしかないだろうねえ。普通に玄関ね。……ほらー。見てよこれ、ちゃんとロックかかってるし、ドアチェーンがっつりだよ。僕そういうとこちゃんとしてる人だから。え、ビビリ? 違うって、防犯意識だよ防犯意識。寝込みを襲われたら男も女もないからねえ。
 ほかに侵入経路なんてあるんだろうか。んー、なんかちょっとオカルトのにおいしてこないー? そうそう、僕オカルトってあんまり好きじゃないのよ。怖いんじゃなくてさ、納得いかないから。だっておばけとか幽霊なんて、ねえ? 宇宙人も一緒だよ。いるならいるでいいよ、僕は。でも別に用事ないでしょ、って。僕、見ず知らずのおばけだの宇宙人に恨まれる覚えもないし。とにかくさ、僕はいままでの二十数年をこの世界の法則にちゃんと従って生きてきてるわけ。それをさあ、そんな急に念力だ超能力だ宇宙の神秘だ言われたって納得いかないよね? 僕、中学生の時トンネル効果っての聞いて一日中壁に体当たりしたことあるけど、分子の隙を突いて通り抜けなんて一度もできなかったからね。単に体当たりしすぎて手が痛くなって終了だよ。だからさ、壁抜けとか瞬間移動なんて言われてもずるいよ。僕は納得いかないね。
 しょうがないから、侵入経路は不明にしよう。じゃあ次は目的だよね。それについてはたぶん、これを開ければ手がかりが入ってると思うんだ。僕に用事があって手紙をくれたんだとしたら、それが一番確実かつまっとうだからね。
 だが、ここではいそうですか、と開ける僕じゃない。言ったでしょ、大胆かつ慎重に。好奇心旺盛な猫が死なずに暮らしていくための知恵ってとこだよ。
 まず注意しなきゃいけないのは爆発だけど、とりあえず触っても振っても無事だった。となると、次はブービートラップに警戒すべきだ。ほらよくあるでしょう、開封したら封筒が燃えたとかカミソリで手を切ったとか中から煙が出て来ておじいさんになっちゃったとか。ん? 玉手箱? うん僕絶対開ける。なんならもらった瞬間開けちゃうから。だめとか言われたらもうますます開ける気しかしないねえ。……いいんだよ別に僕、鶴とか亀とか助けたりしないんだから。
 え、ああ確かにこの薄さでどうやってブービー仕込むの? ってくらいに薄いね。となると、炭疽菌かもしれない。炭疽菌知らない? 結構死ぬやつだよ。生物兵器としてよく使われるの。わりと簡単に培養できて、ヒトからヒトへの感染はしないけど致死率は高めとかって。開けたら炭疽菌いっぱい出てきちゃうかも。でも、僕が炭疽菌送りつけられる可能性ってたぶん相当低いよね。炭疽菌の培養は簡単とは言ったけどさ、研究者でもないのに炭疽菌培養してるひとなんていないからね。変わり者では済まないと思うなあ。そして僕はテロで狙われちゃうような心当たりは全然ない。この中身が炭疽菌だとか毒の類で、僕を殺すのが目的ってのは、なんか解せない感じがするね。
 もちろん可能性はゼロなんかじゃない。だけど極めて低いだろうし、これを開けて得られるはずの情報とわずかにある殺される可能性、天秤にかけたらまあ僕の性格上、開けてみるよね。死んだら死んだで、封筒の中身は分かるわけでしょう? さっきも言ったけど、分からないものが分かる、これ以上の快楽ってないと思うんだ。いつまでも分からないままでいるなんて僕には耐えられないよ。それにさあ、何度も言うけど、僕は本当に命を狙われるようなことしてないからね。だからまあ、開けますよ。
 …………とはいえ、ちょーっと勇気はいるかもねえ。
 どうやって開けるのかって? 納税書とかDMだったら適当にとんとん、ってやって上の方破っちゃうんだけどね。相手はなにせ、炭疽菌の疑いありだから。やっぱりここは封筒の底をカッターで開けるのが定石じゃない? え、だってうちペーパーナイフないし。ああ底から開けるのは、口から開けたら相手の思うつぼかなって。なんかの仕掛けするんだったら口の方にするんじゃない? え、そこまで僕の思考を読んで? ……だとすると、これやった人間相当絞れそうだけどねえ。僕の腐れ縁に一人、やたら陰険なのがいましてね。あいつだったらこういう手の込んだ嫌がらせ、するかもしれないね。でもだったらたぶん致死的なトラップじゃないだろうなあ。いくら陰険だからってまさか殺意までは……いやいやまさかね。信じてる。僕めっちゃ信じてるから。
 じゃあとりあえず開けようか。だってもう僕、中身が知りたくてしょうがないんだもの。だいぶ我慢したよねえ、ほんとだったら見つけてすぐにだって開けたかったよ? でもここまで考えつくし、推理を重ねて、結果まあおおむね大丈夫だってことでもう開けたいんだよ。知りたいんだよ、我慢できないよ!
 いい? じゃあ開けるよ、開けちゃうからね。これでうっかり爆発だの炎上して僕が死んだら誰かに「封筒を開けたら死んだ」って言ってね。いやいや、そんなエクストリーム自殺しないって。僕、そこまで暇でもなけりゃ悩みもないから。あるとしたらとりあえず、この封筒の中身はなんだろうってのが悩みだよ。
 よし、覚悟は決めた。いくよ、いくよ、いっちゃうよ! せーの!
 オープン・ザ・セサミ!

 え。なにこれ? これだけ? ……爆発もしないし炭疽菌的な何かもない。たぶんこれが僕へのメッセージなんだろうね。へえ。ああ、うん……。
 ちょっとこれだけじゃあ、なんとも言いようもないというかね。だってほら、誰が言うかで結構意味変わってきそうじゃない? 筋肉隆々で背中にお絵かきしてるようなおっさんが言うのと奇麗なお姉さんが言うのとでは同じ台詞でも全然受け手の印象も違ってくるものだし。それに知ってるひとが言ってくるのと、知らないひとが言うのでも全然ニュアンスが変わってきちゃうしさ。
 でも、へえ、そうかあ……。今の感情? ちょっと一言で言うのも難しいんだけど。ぞわぞわしてるかな。あとはそうだなあ、封筒を開ける前はきっとこれを見れば何か分かると思ったんだ。でもそれはどうも間違いだったとは、思ってるかもね。とかく、この世は不思議ばかりさ。
 なんかちょっと薄ら寒いね、今日。窓開いてるからかなあ。ああそういえば風邪気味だったかも。季節の変わり目は体調崩しやすいからね。気をつけないと。
 うんまあ……それでさ、さっきからずうっと気になっていること訊いてもいいかな。答えたくなければそれでもいいんだけど、教えてくれたら僕は嬉しい。

 君、一体誰なの? どうやって僕の部屋に入ってきたのかな?

 そう訊いた僕に、ちゃんと背筋を伸ばしてリビングのソファに座って、僕の一挙手一投足食い入るようにじっと見つめていた見知らぬ女の人はにたりと笑って暗い声でこう言った。ちょうどさっき僕が封筒の中から見つけたのと同じ一言。
「あなたをいつもみています」

 


(了)

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